武庫川女子大学 経営学部准教授
山下 紗矢佳さん
地域需要に応え 多様性保つ存在
地域の商店、職人、家族経営の事業所、一人で仕事を請け負う自営業者。小規模事業者の姿は多様である。雇用を大きく増やす企業もあれば、家族や少人数で地域の需要に応え続ける事業者もある。売り上げや規模の拡大をめざすことだけが、企業のあるべき姿ではない。むしろ、小さく営み続ける事業者があるからこそ、地域の暮らし、技能、商い、働き方の多様性は保たれている。
2026年版小規模企業白書は、第2部において「小規模事業者の経営リテラシー向上と企業間連携による事業の維持・拡大」を掲げている。
ここで言う経営リテラシーとは、財務・会計、組織・人材、運営管理、経営戦略など、事業を続けていく上で必要となる基本的な知識や実践力である。原価を把握し、資金繰りを見通し、労務管理を行い、品質やノウハウを管理し、将来の経営計画を立てることは、物価高や人手不足が続く現在の経営環境において、確かに重要である。とりわけ、価格転嫁が必要な局面では、原価を把握していなければ値上げの根拠を示すことが難しい。資金繰りの見通しがなければ、金融機関や支援機関への相談も遅れる。労務管理や業務の標準化が不十分であれば、たとえ人を採用しても定着しにくい。白書が、経営リテラシーを小規模事業者の持続的発展に必要な基盤として位置付けたことには、一定の妥当性がある。
ただし、経営リテラシーは「分かっているか、分かっていないか」という知識の有無だけで測れるものではない。小規模事業者の経営者は、しばしば現場担当であり、営業担当であり、経理担当であり、人事担当でもある。日中は現場に出て顧客に対応し、仕入れ先と交渉し、夜になって帳簿や書類に向き合う。経営リテラシーの必要性を理解していても、十分に取り組む時間や人手がない。ここに、小規模経営の難しさがある。
経営リテラシーを強調する際には、それを直ちに経営者個人の能力不足や努力不足に帰着させるべきではない。学ぶ意欲が無いのではなく、学び、実践し、相談するための余力が無い場合がある。制度を知らないのではなく、制度にたどり着けない場合がある。相談したくないのではなく、何を、誰に、どの段階で相談すればよいか分からない場合もある。そうした現実にまで届く支援が必要である。
見落としてはならないのは、全ての事業者が規模拡大をめざしているわけではないという点である。もちろん成長を志向し、雇用を増やし、新市場に挑戦する事業者は地域経済にとって重要である。一方で、あえて大きくならず、地域の顧客との関係、仕事の質、生活との調和を重視しながら事業を続ける事業者もいる。
こうした事業者を、単に「成長意欲が乏しい」と見るべきではない。地域に必要な財やサービスを提供し、商店街や地場産業を支え、技能や商いを次につなぎ、柔軟な働き方を可能にする存在でもある。小規模事業者の価値は、売り上げ規模や従業員数だけでは測れない。規模を追わない事業者の存在をどう評価するかは、地域経済政策の大きな論点である。
連携は有効だが 万能薬ではない
小規模事業者が抱える経営資源の制約を補う上で、白書が企業間連携に注目していることは重要である。人材、資金、設備、情報に限りがある小規模事業者にとって、共同仕入れ、共同受注、共同配送、販路開拓、地域ブランドづくり、ノウハウの共有は、一人では難しい課題を補い合う手段となる。小さい事業者が小さいまま孤立せず、互いの不足を補い合う仕組みをつくることは、事業継続の有効な方策である。
しかし、連携は万能薬ではない。連携には、相手を探すこと、役割分担を決めること、情報を共有すること、信頼関係を築くこと、成果が出るまで継続すること―が必要になる。これは小規模事業者にとって決して軽い負担ではない。業種、商圏、取引先との関係、経営者の年齢、家族従業の状況、事業の性格によっては、連携がなじみにくい場合もある。中には、連携を望まない事業者もいるだろう。
必要なのは連携を前提とした事業者だけを支えることではない。連携によって課題を解消できる事業者には、その調整役と伴走支援が必要である。連携が直ちには難しい・必要としない事業者には、一人でも事業を続けられる支援が必要である。共同受注や共同購買を支える仕組みと、記帳・原価計算・資金繰り支援、価格交渉資料の作成支援、簡便なデジタル化支援、アウトリーチ型相談は、どちらか一方ではなく、両方が求められる。
経済の担い手へ 包摂できるかが
2026年度の小規模企業施策では、価格転嫁・取引適正化、生産性向上支援、経営改善・事業再生、事業承継、伴走支援体制の強化、地域における取り組みへの支援などが掲げられている。これらの施策は、小規模事業者が事業を続ける上で重要である。とりわけ伴走支援や地域の取り組みへの支援は、制度ごとの縦割りを超えて、事業者の実情に即した支援につながる可能性を持つ。しかし支援策は、制度を知り、申請書を書き、支援機関につながれる事業者だけに届けばよいわけではない。補助金や専門家派遣、経営計画づくりの支援が、一定の余力を持つ事業者に偏るなら、最も支援を必要とする事業者ほど取り残される。経営リテラシーは支援を受ける資格を測る物差しではない。事業者と支援者が、課題を共有し、次の一歩を考えるための共通言語であるべきだ。
競争環境が厳しい時代だからこそ、小さい事業者をどう位置付けるかが問われている。規模拡大をめざす事業者だけが支援に値するわけではない。地域の需要に応え、生活を支え、技能や商いを受け継ぎ、一人または家族で事業を続ける事業者もまた、多様な社会に必要な存在である。連携を必要とする事業者には連携を支える仕組みを、連携を必要としない事業者には一人でも事業を続けられる支援を用意する必要がある。
2026年版小規模企業白書を読む上で問われるべきは「小さく続ける力」を切り捨てず、地域経済の担い手として包摂できるかである。今こそ国の度量が試されている。


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