2026年版中小企業白書と小規模企業白書が先ごろ、閣議決定されました。両白書の特徴を、武庫川女子大学経営学部准教授の山下紗矢佳さんが、2回にわたって解説します。
武庫川女子大学 経営学 部准教授 山下紗矢佳さんが解説
価格転嫁できず低賃金など課題が

2026年版中小企業白書の第2部においては「『強い中小企業』に向けた『稼ぐ力』の強化」が掲げられた。ここで示された問題意識は、最低賃金の引き上げ、人手不足の深刻化、物価高、「金利のある世界」への転換が進む中で、中小企業が賃上げの原資を確保し、供給力を維持・強化するには、労働生産性を高め、付加価値を生み出す力を強める必要がある、というものである。中小企業白書は「稼ぐ力」を単なる売り上げ拡大ではなく、価格転嫁、成長投資、研究開発、人材育成、事業承継・M&A(合併と買収)、海外展開、AI(人工知能)・デジタル化などを通じた「付加価値向上と労働投入の最適化」として整理している。
これらは、現在の中小企業経営を考える上で避けて通ることはできない問題意識である。長く続いた低金利、低賃金、低価格競争の時代は、企業の我慢と現場の献身によって支えられてきた側面がある。しかし、人口減少下において人手不足は構造的に続き、物価高と金利上昇は資金繰りを直撃する。中小企業白書においても、中小企業では仕入れ価格上昇が販売価格に十分転嫁できていないこと、また中規模企業・小規模企業の労働分配率が高く、「賃上げ余力」が大企業に比べて小さいことが示されている。
「稼ぐ力」を高めるという中小企業白書の方向性は、低賃金や長時間労働で「何とか持ちこたえる経営」からの脱却を意味する限りにおいて妥当である。企業が自社の原価を把握し、価格交渉を行い、設備投資や省力化に取り組み、人材を育てることは不可欠である。実際に、中小企業白書は価格転嫁の達成度が高い企業ほど付加価値額の増加率が高く、価格転嫁ができていない企業ほど伸びが弱い傾向にあることを示している。
生産性向上では解消されぬ問題
ここで浮かび上がってくる疑問は、「稼ぐ力」を個別企業の自己責任で片付けてよいのか、という点である。民主商工会の会員からは「『稼げ』と言われても単価を上げられない」「物価高を価格に反映できない」「財務や労務管理をしたくても人手が足りない」といった声が上がっている。これは経営者の意欲の問題だけではない。取引構造や地域の需要動向、発注者との力関係、公共調達価格、資材供給、金融条件に起因する問題である。
中東情勢の緊迫化を背景とするエネルギー価格の高騰や資材調達難は、中小企業白書の想定する「生産性向上」だけでは解消できない問題を突き付けている。中小企業庁も、資金繰りや設備投資、相談窓口などの支援策を示しているが、現場では資材が入らず、仕事そのものが止まる事態が生じている。全国商工団体連合会の緊急調査でも、仕入れ・資材価格の高騰や調達困難が広がっていることが示された。このような局面において「もっと稼げ」という言葉は、中小企業にとって現実味を帯びにくい。むしろ、事業を継続できる条件を社会的にどう確保するかを問う必要がある。
「強い」と「よい」両輪を結び付け
筆者はこれまで、中小企業を単なる規模の小さい企業ではなく、地域経済に密着し、雇用、技能、生活、産業集積を支える主体として捉えてきた。地域に根差す中小企業は、市場競争の苗床である。イノベーション(革新)を生み出し、多様な雇用機会を創出し、地域経済を支える担い手でもある。各企業の保有する技術やノウハウを活用し、第二創業を含む経営革新を進めることで、「強い企業」に転換し得る。これは、中小企業白書の示す「稼ぐ力」に通ずるが、同時に中小企業は経営品質の高い「よい企業」をめざす存在でもある。これら両輪が実現することで、地域、社員、顧客、業界にとって「なくてはならない企業」となり得る。
では、中小企業白書の示す「強い中小企業」は、地域にとっての「よい企業」であることと、どこまで結び付いているのだろうか。この点こそ、今回の中小企業白書を読む上での重要な視点である。
本来、必要とされる政策は「出を減らし、入りを増やす」ための面的・公的支援である。「出を減らす」とは、単なる経費削減ではない。共同購買や代替資材情報の共有、物流・エネルギーコストへの支援、省力化投資、資金繰り支援、借り入れの返済条件の見直しなど、事業継続の「土台」を守る支援である。「入りを増やす」とは、販路開拓だけでない。価格転嫁を可能にする取引適正化、公共工事・公共調達における単価見直し、発注者側の責任明確化、地域内需要の創出を含む。
中小企業白書に示された2026年度の施策は、価格転嫁・取引適正化、成長投資、デジタル化、省力化投資、事業承継・M&A、経営改善・再生支援などである。特に、下請け取引の適正化や「取引Gメン」による調査、公共調達での労務費・原材料費の価格への反映は重要である。ただし、補助金や投資支援が「申請書を書ける企業」「成長計画を描ける企業」「専門家につながれる企業」だけに届くものであれば、中小企業白書の示す支援は、一部企業のものにとどまる。
中小企業白書の妥当性は、経営努力の方向を示した点にある。しかしその限界は、「稼ぐ力」を発揮するための前提条件、すなわち取引、金融、資材、人材、地域支援の構造を、どこまで整えるかにかかっている。無論、生産性向上は必要である。しかしそれが、低生産性企業の淘汰や持続志向の事業者の排除につながってはならない。「稼ぐ力」は必要である。しかしそれは、事業者を選別する言葉であってはならない。地域経済を支えているのは、急成長企業だけではない。事業を続け、雇用を守り、地域で必要とされる中小企業の存立基盤をどう支えるかが、最も重要な検証点である。


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