社労士 是永一穂さんが解説

2026(令和8)年1月から「労働安全衛生法(安衛法)」が改正されました。改正の趣旨や内容、中小事業主が押さえておくべきポイントなどについて、社会保険労務士の是永一穂さんに聞きました。
安全管理の大きな転換
―なぜ安衛法が改正されたのですか。
是永 安衛法が改正され「職場における安全管理」が大きな転換期を迎えています。
これまで安衛法は主に「自社が直接雇用する労働者」を対象としてきましたが、今後は一人親方やフリーランスなどの個人事業者、さらには高齢労働者まで、同じ現場で働く全ての人の安全を網羅する方向へと、かじを大きく切ります。「個人請け負いだから関係ない」ということでは、万が一の事故の際に経営を揺るがすリスクに直結します。
全作業従事者が対象に
―今回の改正の内容を教えてください。
是永 今回の改正の大きな柱が、個人事業者などに対する安全衛生対策の推進です。
まず、今回の改正に先立って25(令和7)年5月、「注文者の配慮義務」が規定されました。これは、建設工事以外の業種も含め、注文時に施工方法や無理な工期を設定しないよう配慮することを明確にしたものです。
さらに、26年4月からは、同じ現場で複数の業者が混在して作業を行う場合、元請け事業者に対して、安全管理上必要な指導や連絡調整などを行う対象となる者が、従来の「労働者」から「一人親方などの個人事業者等を含むすべての作業従事者」へと拡大されました。「労働者かどうか」という雇用関係の有無ではなく、現場単位での一元的な安全管理が義務付けられたということです。
「災害報告制度」が新設
―労災事故が起きた時の対応も変わったと聞きましたが。
是永 これまで、個人事業者が現場でケガをしても、国(労働基準監督署〈労基署〉)への報告手続きは曖昧なままでした。しかし、今回の改正により、27(令和9)年1月1日から「個人事業者等の業務上災害報告制度」が創設されます。これは、一人親方等が作業中にケガをするなどの労災事故が発生した場合、元請け業者に災害発生状況を報告することを義務付けるものです。
詳細な手続き方法は今後決定されますが、労災事故が起きた際に速やかに状況を把握できる連絡体制を今のうちから整えておくことが求められます。
建設業界に大きな影響
―この改正によって、どのような影響がありますか。
是永 この改正で最も大きな影響を受けるのは、一人親方が非常に多い建設業です。建設業に携わる民商の会員は、元請けになることもあれば、一人親方として現場に入ることもありますから、注意が必要です。
①元請けによる事故把握の徹底
これまでは「一人親方の事故だから会社(元請け)としての報告は不要」で済んでいたものが、今後は現場で働く全ての人の事故を元請けが把握し、労基署に遅滞なく報告しなければならなくなります(図1)。

②「労災隠し」のリスク
一人親方が労災事故に遭った時に「元請けに迷惑がかかるから…」と内々に処理してしまうことも少なくありません。しかし、改正後は、こうした行為は元請けが「報告義務違反(=労災隠し)」に問われるリスクが生じます。労働者のような罰則(罰金)は設定されない見込みですが、報告を怠れば、企業の社会的信用を大きく失うことになりかねません。
③高齢労働者の特性に応じた環境整備
少子高齢化に伴い、60歳以上の労働者の労働災害が急増しています(図2)。これを受け26年4月の改正で、高年齢労働者の特性に配慮した作業環境の改善や、作業管理を行うことが事業者の「努力義務」となりました。具体的には、企業は国が定める指針に基づき、環境整備を進める必要があります。ベテランの経験則に頼るのではなく、まずは自社の現場がどれくらいできているか、三つの視点(図3)で確認してみましょう


④「ストレスチェック」の義務化
今回の改正で、現在は「努力義務」となっている従業員50人未満の小規模事業場における「ストレスチェック」の義務化も盛り込まれました。施行開始は28(令和10)年4月からとなっているので、今のうちから、地域の「産業保健総合支援センター」などを活用して、少しずつ準備を進めておくことをお勧めします。
⑤義務化された「熱中症対策」への対応
今回の法改正とは別ですが、25年6月から施行されているのが「熱中症予防措置の義務化」です。特に、「暑さ指数(WBGT)」が28度(または気温31度)以上の環境下で、連続して1時間を超える、または1日計4時間を超える作業を行う場合、図4のような体制整備が必須です。
毎年7~8月は熱中症のピークを迎えます。現場に熱中症予防管理者を置き、エアコンのある休憩室や、それが難しい場合は冷房を効かせた作業車を確保するなどの工夫を徹底してください。

対策は「未来への投資」
―全てを実行するのは大変そうです…。
是永 これまで話したことをやるには「予算も、人手も足りない」と感じるかもしれません。
しかし、労災事故が1件発生しただけでも、小さな会社は一気に経営危機に陥る時代です。逆に「誰もが安全に働ける職場」をつくることは、深刻化する人手不足の中で「選ばれる企業」になるための最大の強みになるのではないでしょうか。
安全対策は「コスト」ではなく「未来への投資」と考えて、まずは「高齢労働者の転倒防止の段差の目印付け」や「熱中症対策の水分補給の声掛け」など、お金をかけずにできることから始めていきましょう。
体を暑さに慣らして 北海道・旭川民商共済会 熱中症予防講座

「夫が建設業で外仕事が多いので、夏場は水やお茶だけでなく、経口補水液も念のために持たせようと思う」「朝起きた時と寝る前に水分補給するよう心掛けます」―。北海道・旭川民商共済会は6月7日、「熱中症予防講座」を開き、11人が参加しました。講師は、旭川市健幸保健部健康推進課の保健師の西田暁子さん。
共済会の林達雄理事長=美装=が「温暖化の影響もあり、熱中症になる人が増えているので、学習会をやりたいと考えていた。これから暑くなるので、しっかり学んで、生かしましょう」とあいさつ。
西田さんはスライドも使って、昨年夏の北海道内の暑さを解説。旭川市の最高気温は35・1度(7月14日)、真夏日は過去最多の37日に上ったと述べ「北海道内で広く真夏日や猛暑日が増え、熱帯夜にもなりやすくなっています」と注意を促しました。
熱中症になると、どういう症状が出るのか▽重症度ごとの対応や応急処置の仕方を説明。体を暑さに慣らし、熱中症になりにくくする「暑熱順化トレーニング」を勧め、適度な運動や湯舟に漬かる入浴で「無理なく汗をかくことがポイント」と述べました。
最後に、休憩時間の目安や水分補給の要点などを解説。「熱中症は死に至る恐れもあるが、応急処置で重症化を回避でき、予防法で防ぐこともできる。学んだことを周りに広げ、この夏を乗り切りましょう」と締めくくりました。
※内容については、旭川市健康推進課保険士の講座を受けたもので、環境省熱中症環境保護マニュアル2022を参考にしています。


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