全国商工新聞

基地のない経済発展へ 展望示し政治を変える

 「これからは保守は革新に敬意を表し、革新は保守に敬意を表し、沖縄のあるべき姿をめざして心を一つにやっていきたい」―。2014年11月、故翁長雄志前知事が「オール沖縄」の候補者として初当選した直後の言葉です。オール沖縄はその後の「市民と野党の共闘」の源流にもなりました。沖縄の民商と県連、全商連は、その一翼を担ってきました。

安倍首相に「建白書」を提出(2013年1月28日)する前日、県内全41自治体の首長や議長、県議らが怒りのこぶしを上げた「NO OSPREY(ノー オスプレイ)東京集会」
翁長雄志知事(当時)が「知事権限であらゆる手法を用いて新基地を造らせない」と宣言し、訪米も表明した「沖縄県民大会」=2015年5月17日、那覇市

 オール沖縄の原点は13年1月28日、県議会全会派と県内全41市町村の代表らが①オスプレイの配備撤回②普天間基地の閉鎖・撤去③県内移設の断念―を求め、安倍晋三首相(当時)に提出した「建白書」です。前年9月、「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会」に県民10万余が結集したにもかかわらず、10月にオスプレイを強行配備したことに抗議し、県民の総意を示すために作られました。
 その前日27日には、東京・日比谷野外音楽堂で「NO OSPREY(ノー オスプレイ)東京集会」が開かれ、全国から4千人以上が集結。沖縄の全41自治体の市町村長や議会議長、県議らが「オスプレイ断固反対」の赤いゼッケンをまとい登壇。「沖縄県民はオスプレイの強行配備を許さない」と、こぶしを上げました。参加した当時の沖縄県連会長、仲本興真さん(現・名護民商会長)は「安倍官邸は恐怖だったでしょう。県民の怒りのマグマと刃を突き付けられたのですから」と振り返ります。
 しかし、安倍政権は「辺野古が唯一の選択肢」と固執。同年11月、石破茂幹事長(当時)が県選出の同党国会議員5人を従え、「辺野古容認」で一致したと会見し、うなだれる5人の姿は「平成の琉球処分」と称されました。翌12月、「県外」を掲げて再選した仲井真弘多知事(当時)は、安倍首相から沖縄振興予算増額と普天間基地の5年以内の運用停止を提示され、「いい正月になるなあ」とうそぶき、埋め立てを承認。政権に屈しました。
 県民は、すかさず反撃。翌14年1月の名護市長選挙で2期目をめざす稲嶺進氏が大勝。同年11月の県知事選で、「イデオロギーよりアイデンティティー」を掲げ、前那覇市長の翁長氏が仲井真氏に9万9744票の大差で圧勝しました。県内の財界人らも「基地は沖縄経済の最大の阻害要因」と翁長氏を支援。県連は、中小業者振興と「暮らしと経済を破壊するTPPと消費税増税に反対」し「憲法9条を守り、解釈改憲に反対」する翁長氏に推薦書を手渡し、対話と支持拡大を広げました。全商連も商工新聞1面で翁長氏インタビューを掲載し号外を作製。大型宣伝カーを沖縄に送り、全商連三役ら延べ400人超が駆け付けました。
 「建白書」を堅持するオール沖縄の潮流は、県民に支持され、その後3回の国政選挙で、オール沖縄が圧勝する土台を作りました。18年8月8日、翁長氏が膵臓がんで急逝(享年67)。同年9月の県知事選で、翁長知事の遺志を継ぐ玉城デニー知事を、過去最高の39万票を得て誕生させました。
 それに先立つ7月、全商連は県連と連携し、シンポジウムや基地視察など「基地なき経済発展をめざす沖縄行動」に取り組み、140人が参加。9月の全商連理事会で、特別決議「翁長さんの遺志を継ぐ、玉城デニー知事実現! 辺野古新基地建設阻止! 『オール沖縄』の勝利へ全国支援を」を採択。商工新聞号外5万部や前出のシンポDVD「基地に頼らない経済発展」も活用し、対話。17県連から延べ472人が現地入りし、デニー県政誕生に貢献しました。
 米中対立が激化する今、米国は沖縄を米防衛の「第1列島線」と位置付け、ミサイル攻撃網に組み込もうとし、菅政権も唯々諸々と従っています。仲本さんは「『オール沖縄』から『オールジャパン』へ。日本を変えようと、沖縄からたたかっていく」。1973年、沖縄に民商が結成(那覇民商)された直後から民商運動に携わってきた、沖縄民商の山川恵吉さんは「コロナ危機で民商、県連の存在感は増している。たたかえば変えられる。確信を持ち、総選挙で新しい政治を実現したい」と力を込めました。


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