アメリカの水爆実験による被害の実相を語り継ぎ、核兵器廃絶と平和を求めて行動する、3・1ビキニデーが72回目を迎えます。
1954年3月1日、南太平洋のビキニ環礁で、アメリカが水爆実験を行い、周辺海域で操業していた日本の漁船と現地マーシャル諸島の住民が被ばくし、被害は今も続いています。その破壊力は広島原爆の千倍に及び、静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」も「死の灰」を浴び、乗組員23人全員が被ばくし、同年9月23日に無線長の久保山愛吉さんが亡くなりました。2カ月間に合わせて6回の水爆実験が行われ、千隻を超える漁船などが被害に遭い、汚染されたマグロの水揚げで鮮魚商、すし店らが大打撃を受けました。日米政府はわずかな慰謝料の支払いで幕引きを図り、事件はいまだ解決していません。
当時、東京都杉並区の民商会員らが始めた原水爆禁止署名は、翌55年には有権者の過半数となる3200万人に達し、この運動が同年8月の第1回原水爆禁止世界大会の開催、56年の日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)結成へつながりました。広島、長崎への原爆投下後、米軍と日本政府の報道規制を受けて沈黙を強いられた被爆者が初めて声を上げたのも、3・1ビキニ事件がきっかけで、日本の反核・平和運動の原点と言えます。
高市早苗首相は安保関連3文書の改悪を画策し、非核三原則「核兵器を持たず、つくらず、持ち込ませず」の見直しを検討しています。非核三原則は国会で何度も決議され、日本の「国是」と位置付けられており、変えることは許されません。広島市や長崎市、被爆者団体などから強い反発の声が上がっています。今、核保有国が当事国となる戦争や紛争が続き、アメリカがイランの核施設を攻撃するなど、核使用の懸念が高まっているだけに、核兵器禁止運動の高揚が求められます。
3・1ビキニデーは「平和でこそ商売繁盛」を信条とする民商・全商連の平和運動の出発点です。日本の核兵器禁止条約批准を求め、3・1ビキニデーへの参加を強め、夏の原水爆禁止世界大会に向けて「核抑止論」を打ち破る世論を大きく広げましょう。

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