【座談会】「インボイスは中止」声大きく|全国商工新聞

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 消費税のインボイス(適格請求書)制度の実施中止・延期を求める声が大きく広がり、与党内からも「見直し」の声が出ています。一方で取引先や税務署から、年内や来年3月末までにインボイス発行事業者の登録を求める動きが強まっています。そこで改めて、インボイス制度の仕組みやフリーランス・個人事業主などに与える影響、取引先から登録を求められた場合、どうすればいいのか、実施中止・延期の展望などを、声優の甲斐田裕子さん、税理士の佐伯和雅さん、東商連青年部協議会議長の渡邊恵司さん=建築=の3人が語り合いました。

さえき・かずまさ
東京都大田区内で34年間、営業を続けている税理士法人「東京南部会計」の代表社員税理士。憲法に基づいて納税者の権利を擁護し、不公平な税制の在り方を変える活動などにも参加しています

佐伯 インボイス制度の内容と問題点、影響についてお話しします。
 インボイスとは、税務署が付番した登録番号が記載された請求書や領収書のことです。インボイス制度が実施されると、所得税や法人税はインボイスがなくても経費となりますが、消費税はインボイスがないと仕入税額控除ができなくなります。
 だから、下請けの免税事業者の場合、親会社からインボイス発行事業者に登録して課税事業者になるよう求められます。
 免税事業者が課税事業者になると、どうなるでしょうか―。所得税の最低税率が5%なので、100万円の利益があれば、所得税は5万円です。消費税は売り上げに10%を課税するので(飲食料品など以外)、例えば年間売り上げ500万円、経費400万円で利益が100万円だとすると、売り上げにかかる消費税50万円から、仕入れにかかる消費税40万円を引いた10万円が納税額です。今まで5万円だった税金が、いきなり15万円に増えるわけです。
 「これは、ちょっと払えない」と親会社に相談すると、対応は①親会社が消費税を負担する②仕事を出せないと取引を中止する③消費税分の値引きを迫られる―の三つが考えられます。事業者の力関係からすると、①は基本的に考えられないので②③となります。泣く泣く値引きを受け入れるか、課税事業者になって消費税を払うかの選択を迫られます。
 もともと課税事業者の場合には、下請け先に免税事業者がいれば、その人が課税事業者にならない限り、仕入税額控除ができないので、増税になります。

国が率先し文化つぶす

かいだ・ゆうこ
2019年の第13回声優アワード「外国映画・ドラマ賞」受賞。出演作多数。最近では大人気アニメ「SPY×FAMILY(シルヴィア・シャーウッド役)」など。映画の吹き替えやゲーム、ナレーションでも活躍
わたなべ・けいじ
東京都東久留米市で「(株)未来空間」を経営。住宅リフォームをはじめリノベーション、電気工事など住まいに関するどんなことにも対応。初心を忘れず、丁寧な仕事を心掛けています

甲斐田 1949年のシャウプ勧告にさかのぼって税制について独学で調べました。インボイス制度が声優業界に与える影響を理解し始め、7月の参院選が終わってから「いよいよ大変だ」と思うようになりました。声優業界で知らない人が多いことが一番の問題だったので、みんなに知らせるために、8月に仲間と一緒に「VOICTION」を立ち上げました。
 声優業界は、若い人がめざすキラキラした世界ですが、多くの人は挫折します。私の専門学校の同級生でも声優をやっているのは私しかいません。声優をめざしても、結局はなれず、辞めていきます。でも、裾野が広いからこそ、上をめざす人がいて、その中から優秀な人が残る。その裾野をごっそり削ってしまうのが、インボイス制度です。10年後も20年後も、良い作品を作り続け、声優業界を維持・発展させるためには、最も必要のないものです。
 国が発信しようとしている「クールジャパン」(世界からかっこいいと捉えられる日本の魅力)の中にアニメも入っていますが、すごく反比例なことをやっているなと思います。税金を払うことで生活ができなくなるのは、本末転倒ですよね。「国が率先して、日本の文化をつぶそうとしていることに気付いていますか」という強い思いで、国会議員に陳情しています。
渡邊 都内でリフォーム業をしています。インボイスという言葉を聞くようになったのは、3年ほど前です。僕は課税事業者なので正直言って、初めは「関係ない」と思っていました。でも、民商で「インボイスが導入されると、やばいぞ」という話を聞くようになってから、「何がやばいんだろう」と調べ始め、勉強会にも出席するようになって、一緒に仕事する一人親方だけじゃなく、僕にも影響があると分かりました。一人親方がインボイスを発行できなければ、僕が負担するか、値引きを求めるしかない。でも、現状で僕が消費税を負担するのは、非常に厳しいです。
 元請け会社からは、来年3月ぐらいまでには「インボイス発行事業者の登録をして番号を提出してください」と言われています。

シャウプ勧告

 1949年に米国の租税法学者カール・シャウプが率いる使節団が勧告したもので、直接税中心や応能負担原則の税制確立などが指摘され、日本の戦後税制の基本となった。

登録少なければ延期も

佐伯 私の顧問先は「12月までに登録を」と言われています。顧問先から相談された際には、「来年10月のインボイスの実施に間に合えばいいのだから、12月という特別な理由があるなら、それを聞いてほしい」と言っています。来年10月1日以前に始まることはないので、12月や来年3月に登録申請を出す必要は全くありません。多くの顧問先は納得して「来年8月ぐらいになったら考えようかな」と言っています。
 インボイス発行事業者の登録率を上げないことが大事です。電子帳簿保存法でも本来なら今年1月1日から施行される予定だったのですが、昨年12月に周知不足を理由に2年間の猶予期間が発表され、政府・与党は猶予期間終了後も紙の保存も認める方向で調整していると報じられています。そういう前例があるので、インボイス制度も周知不足で登録率が低いままだと、実施延期も考えられます。
甲斐田 VOICTIONのアンケート調査(下の図)では、インボイス制度によって「仕事が減ると思う」が53%、「廃業するかもしれない」が23%もいるんです。びっくりしました。年収100万円ぐらいの人が4割超いることにも驚きました。

渡邊 今、大工になりたいという人がいません。インボイスが始まると、大工の成り手が、よけいに少なくなるとも思いますね。
 僕たちは“大企業よりも単価を安くして、手を抜かない仕事”が売りです。インボイスは、その売りを奪う、何一ついいことがない制度です。
甲斐田 SNS上では「消費税は預かり金で、インボイスは“益税”を無くそうとしているのに、反対するのはおかしい」という声も寄せられます。レシートに消費税と書いてあるので、それを払拭するのは、すごく難しいですよね。
佐伯 価格は総額表示(税込み)が原則ですが、特例で外税(税抜き)表示を認めてきたので、この30年間、国民は消費税は「預かり金」と刷り込まれてきました。
 消費税法では、課税売上高1千万円以下は免税なので、税込み、税抜きにかかわらず、消費税分は売り上げになります。売り上げが1千万円を超えた時に初めて「2年後から売り上げの10%を消費税として計算してください」と突然、消費税が出てきます。しかし、消費者は買い物をした時、レシートに消費税10%と書いてあるので、「売り上げ」ということが理解できず、「この10%分は預けているので、そのまま国に納めてください」と思っている。これが益税論です。しかし、消費税は「預かり金」でも「預かり金的」でもないとした裁判の判決が、東京地裁(1990年3月26日)と大阪地裁(同年11月26日)でありました。

東京地裁判決の一部

 「消費者が事業者に対して支払う消費税分はあくまで商品や役務の提供に対する対価の一部としての性格しか有しないから、事業者が、当該消費税分につき過不足なく国庫に納付する義務を、消費者との関係で負うものではない」

世論と運動の広がりが重要

「インボイス制度は実施中止に」と決意を新たにした(左から)佐伯税理士、甲斐田さん、渡邊さん

佐伯 もう一つある“益税”論は、「簡易課税制度を使った時、本則課税より税金が安くなる」ことです。でもよく考えると、税金の計算方法が二通りある場合、節税のために税金が安い方を選ぶのは経営者として当然なわけですよ。これを“益税”というのか。当然の経営判断を“益税”といわれる筋合いはありません。
 私は、この二つのありもしない“益税”論を封じなければ、国は10%以上の増税はできないと考え、インボイス制度を強行しようとしているのではないかと思っています。

自民党の空気も変わってきたと

渡邊 聞けば聞くほど、インボイス制度は問題があると思います。「延期ではなく中止」という思いをさらに強くしました。
 僕は、消費税そのものに問題があると思っています。自民党の議員は「消費税は国民全員が負担する平等な税」と言うけれど、「応能負担を徹底しろ」と言いたい。
 トヨタ自動車は、年間6千億円もの消費税の輸出還付金が戻ってきています。それで“豊田税務署が4千億円の赤字?!”という訳の分からないことが起きています。大企業の懐を温めるのではなく、国民一人一人や小規模事業者を守るため、不公平な税制の仕組みを正してほしいです。
佐伯 顧客先の決算をして思うのは「消費税が5%になって、納税額が半分になれば、どれだけの会社が救われるか」ということです。納める消費税が半分になると、中小企業は元気になります。売り上げが1千万円以下の免税事業者から消費税を搾り取るなんて、あり得ない。やってはいけないことです。
甲斐田 声優やアニメ、演劇人、フリー編集者と漫画家のエンタメ4団体が11月16日、「インボイス制度見直しを求める記者会見」を開き、それぞれのアンケート調査結果を報告し、実態を告発しました。同日、超党派による「インボイス問題検討・議員連盟」が発足され、私はその後の公開ヒアリングに出席し、エンタメ4団体を代表して「『クールジャパン』を支える裾野を削らないでほしい」と訴えました。
 陳情に行く中で、自民党内の空気が変わってきたことも実感しています。9月に自民党の国会議員に会った時、「実施延期なんてあり得ない」と言っていましたが、最近では「延期だけでいいの?」と言い始めました。でも、気を緩めず、活動を続けていきたいと思っています。

消費税5%減税 政治判断ですぐ

佐伯 インボイス制度の実施中止・延期や消費税5%への減税は政治の判断で、すぐやれることです。消費税10%への引き上げも2度、延期しました。政治が決断するかどうかです。
 「インボイス制度実施の中止・延期」を求める声が大きく広がり、与党内からも「見直し」の声が出ています。政府・与党は「負担軽減策」として①インボイス実施後3年間は小規模事業者向けの「猶予」案を検討し、1万円未満の取引はインボイス無しで仕入税額控除を認める(課税売上高1億円以下)。②同じく6年間は、新たに生じる消費税の納税額を売り上げにかかる税額の2割に抑える方針です。
 しかし、この「負担軽減策」では駄目です。きっぱり中止・延期に追い込むことが重要です。鍵を握るのは世論と運動の広がりです。「インボイス制度の実施延期・中止、消費税は今すぐ5%に」の声をさらに大きく上げ続けることが大切です。

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