民商・全商連のこの10年(2)助け合って震災復興|全国商工新聞

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 全商連創立60周年からの10年は、東日本大震災をはじめ、各地で多発する災害からの復興が民商運動の重要なテーマになりました。業者への直接支援を切り開いてきた運動の経過をたどります。

業者への直接支援など「人間の復興」切り開く

東日本大震災直後、兵庫の仲間が送った寄せ書きを手にする岩手・陸前高田民商と岩手県連、兵庫県連の役員ら
東日本大震災で、海岸につながる道路もガレキで埋め尽くされた宮城県気仙沼市

 阪神・淡路大震災から26年、東日本大震災から10年、そして熊本地震から5年が経過しました。毎年のように各地で、地震や火山噴火、河川の氾濫、土砂崩れなどの自然災害が相次いでいます。地震学者は、日本列島が地震と噴火の活動期に入っていると警告します。
 災害復興の在り方を問う原点となった災害は、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災です。死者は6425人、民商関係からも129人の犠牲者を出しました。直後から、全商連は「兵庫県南部地震対策本部」を設置し、全国的な救援活動を展開しました。
 兵庫県の「阪神・淡路震災復興計画」(同年7月)は「創造的復興」を掲げ、「復興にあたって重要なことは、単に1月17日以前の状態を回復するだけではなく、新たな視点から都市を再生する」ことであるとしました。
 この「創造的復興」の理念の下、神戸新空港や都市再開発、区画整理事業などのハード整備が優先して実施されました。住宅や工場・店舗などの再建に対する公的補償実施を望む声に対して、当時の村山富市首相は「自助努力による回復が原則」であると述べ、公費を投じることに、かたくなに背を向けました。
 全商連は「中小業者の生活と営業の再建で震災復興の確かな道を―全商連の提案」を行い、その実現を求める運動を進めます。1千万円までの無利子・無保証人融資などを実現したものの、被災者は公的融資しか頼るすべがなく、その後、今なお続く借金の返済に苦しめられることになります。この怒りを契機に、被災者生活再建支援法制定を求める運動が広がり、住宅再建300万円等の支援が実現するに至りました。
 2011年3月11日に発生した東日本大震災でも、政府は当初から、阪神・淡路大震災と同じく「創造的復興」を復興理念に据えました。これに対し、全商連は4月20日、「東日本大震災からの地域復興に向けた緊急提言」を発表。6月3日には「中小業者の経営再建と地域経済復興をめざす金融支援策の提案」で、二重ローン解消の枠組みを提案。さらに、6月15日の「原発被害の完全賠償とエネルギー政策の根本的転換をめざして」などを提言し、被なりわい災者の生業と生活再建の道を提起し、被災者を主人公にした運動を進めました。
 同年6月には、大企業のグローバル展開を支えるサプライチェーンの再建支援のため、中小企業庁が「中小企業等グループ施設等復旧補助事業」(グループ補助)を始めたことを受け、宮城・気仙沼本吉民商の建設業者らが「住環境プロジェクト」というグループを結成。中小業者がグループ補助を獲得する突破口を開きます。阪神・淡路大震災以降、私有財産の形成に資する公的支援はできないとしてきた政策の事実上の転換点となる画期的な成果でした。仮設店舗や工場への公的支援、二重ローン解消でも道を開きました。
 その後、熊本地震を経て昨年、九州、中部、東北など日本各地で発生した「令和2年7月豪雨」被害では、政府はついに「グループ」要件を撤廃し、単独でのグループ補助も認めるようになっています。
 京都橘大学の岡田知弘教授は、関東大震災の折、建物や道路の復旧を優先した政府の政策を批判した、東京商科大(現・一橋大)の福田徳三教授の「震災復興において最も大事なのは人間の復興である。道路や建物が復興したとしても、そこで人々の生活が復興しなかったら、何の意味もないのだ」との指摘を紹介しながら、「創造的復興」に代わる「人間の復興」の視点が重要であることを繰り返し強調しています。
 災害復旧・復興においてハード中心から、憲法が保障する一人一人の被災者の生存権、基本的人権を尊重する方向への転換へ、民商・全商連の運動は確かな前進を切り開いてきました。


 >> 民商・全商連のこの10年(3)オール沖縄のたたかい

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