全国商工新聞

 1954年3月1日、アメリカは南太平洋・ビキニ環礁で水爆実験を行い、1000隻を超える日本の漁船が被爆しました。
 マグロ漁船「第五福竜丸」無線長の久保山愛吉さんが「原水爆の犠牲者は私を最後にしてほしい」と言い残して死去。さらに水揚げされた魚が高濃度の放射能で汚染されていたことから、この事件は社会に大きな衝撃を与えました。
 鮮魚が売れなくなり、寿司屋、鮮魚商ら中小業者は、たちまち経営危機に陥りました。この時、核兵器全面禁止の国際協定締結などを求めて始まった署名は瞬く間に全国に広がり、55年の第1回原水爆禁止世界大会の開催へとつながりました。3・1ビキニデーは反核平和運動の原点です。
 核兵器をめぐる情勢は極めて緊迫しています。米国トランプ大統領が中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱し、イランとの核合意からも離脱したことをきっかけに、米国とイランの緊張が一気に高まりました。
 国連のグテーレス事務総長は年頭演説で、気候危機、壊滅的な紛争の広がりとともに核の脅威が増大していることを、人類の直面する課題として指摘しました。
 一方、国連で採択された核兵器禁止条約は、批准が35カ国に到達し、あと15カ国で発効します。国内では、日本政府に条約批准を求める自治体決議が全自治体の4分の1となる436に広がるなど、条約を支持する世論は揺らいでいません。
 今年は被爆75年の節目であり、NPT(核不拡散条約)再検討会議が開かれます。4月24日からはニューヨークで初めて原水爆禁止世界大会が開催され、夏の日本での世界大会、秋の国連総会へと続きます。
 3・1ビキニデーの成功は、今年の運動にとって弾みとなります。民商・全商連は世界大会に代表を送り、国民平和大行進で全国を歩き、核兵器廃絶を訴えてきました。
 平和でこそ商売繁盛を信条に「ヒバクシャ国際署名」を大きく広げ、代表参加を強めるとともに、核兵器禁止条約に背を向ける日本政府を追い詰める大きな運動が求められています。

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