ビキニ水爆被災から70年 核兵器廃絶へ行動に踏み出そう|全国商工新聞

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 米国が南太平洋マーシャル諸島・ビキニ環礁で実施した水爆実験により被災した3・1ビキニデーから70年です。
 1954年3月1日、米国は広島型原爆の千倍(15メガトン)となる水爆実験を行いました。「死の灰」はマーシャル諸島全域に降り注ぎ、近海で操業していた静岡・焼津のマグロ漁船「第五福竜丸」が被ばくしました。無線長の久保山愛吉さんは「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」との言葉を残し、同年9月に亡くなりました。6回の水爆実験で千隻もの日本の漁船と乗組員が被ばくしたことが明らかになっています。
 全国で鮮魚が売れなくなり、すし店、鮮魚商らが大打撃を受けました。杉並区の民商会員らが取り組み始めた原水爆禁止署名の運動は、瞬く間に全国に広がり、翌年には有権者の過半数となる3200万人に達しました。
 この運動が、1955年の第1回原水爆禁止世界大会の開催へつながり、反核・平和運動の原点として引き継がれています。「平和でこそ商売繁盛」を信条とする民商・全商連の平和運動の源流でもあります。
 世界では、核保有国であるロシアがウクライナを侵略し、イスラエルによるガザ地区への侵攻も続き、核使用の懸念が高まっています。
 こうした中でも「核兵器禁止条約」が署名93カ国、批准70カ国へと広がり、「核抑止力」論を打ち破る理論の構築が進められています。
 全国商工団体連合会(全商連)も加盟する日本原水協は、ビキニデーを起点に、広島、長崎の被爆80年となる来年の8月まで「非核の日本をめざす全国キャンペーン」を行います。被爆者の高齢化で運動が節目を迎える今、被爆の実相を知らせ、日本が核兵器禁止条約へ参加することを求め、新たな行動に踏み出す時です。米国の「核の傘」にしがみつき、大軍拡や戦争準備を強行する日本政府を変える運動が求められます。3・1ビキニデーは、これまでの運動の歴史や情勢を学ぶ絶好の機会です。静岡の会場とマーシャル諸島をオンラインで結ぶ企画もあります。現地、オンラインともに参加を強め、核兵器廃絶へ世論を広げましょう。

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