インボイスで映画界は衰退 中止させ労働環境の改善こそ カンヌ受賞映画監督 深田晃司さん|全国商工新聞

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 映画監督の深田晃司さんは、映画の多様性を育みながら作品づくりに励み、国際的に高い評価を受けています。2016年5月には、世界三大映画祭の一つ、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で、「淵に立つ」が審査員賞を受賞し脚光を浴びました。最新作「LOVE LIFE」は、昨年9月のベネチア国際映画祭コンペティション部門で上映。同10月の東京国際映画祭では、14年ぶりに復活し、過去にスピルバーグ監督らも受賞したことがある「黒澤明賞」が贈られました。日本の映画界の現状に目を向け、労働環境の改善へ声を上げ、消費税のインボイス(適格請求書)制度にも反対しています。

1980年、東京都生まれ。大学在学時より映画美学校で映画制作を学び、06年に中編「ざくろ屋敷」でデビュー。代表作は「淵に立つ」「海を駆ける」「よこがお」「本気のしるし劇場版」「LOVE LIFE」など。

 昨年10月29日、東京・帝国ホテルで行われた第35回東京国際映画祭での「黒澤明賞」の受賞式。華やかな席で深田監督は喜びとともに、厳しい労働環境で働く日本の映画界の現状を訴えました。
 「テレビの発展とともに撮影所の雇用システムが崩壊し、監督や俳優、スタッフはフリーランスとして働くようになり、映画界はその変化に対応し切れなかったと考えています。制作予算が削られる中で、特に2000年以降、不安定な収入や雇用形態、長時間労働、ハラスメントなど劣悪な撮影環境の中で働き、コロナ禍によって、ますます状況は厳しくなっています。
 スタッフや俳優で仕事をなくす、あるいは仕事を辞めていく人が増え、自殺者も出ています。芸術に携わる人たちの心の健康をどう守っていくのか、大きな課題になっています」。映画界の発展を願う深田監督は、自身が関わる「芸能従事者こころの119」窓口存続のため、賞金の一部を寄付しました。

8割が不安定雇用

 深田監督がインボイス制度に反対するのは、こうした過酷な労働環境の問題と深く関わっています。「映画制作現場実態調査」(2019年、経済産業省委託事業)によると、「フリーランス」(業務委託契約社員、自営業・嘱託など)で働く人が76・2%を占めています(図1)。映画制作での収入は100万円未満が31・2%と最も多く、次いで200万円台(17.6%)、100万円台(14.5%)が続き、300万円未満が6割強を占めています(図2)。

 「インボイス制度は、不安定な雇用で、しかも低収入で働く映画界の誰もが関わる問題です。免税事業者か課税事業者かを選べるといいますが、フリーランスは立場が弱く、『課税事業者になってほしい』と言われたら、拒否するのは難しい。免税事業者のままでいると『消費税分は引くよ』という話になり、それを嫌だと言うのも難しい。文化・芸術の表現は、必ずしも商業性の高いものばかりではなく、すぐに収益に結び付かない。特に新人時代は収益が上がらず、収入が少ない中で頑張らざるを得ない実状があります。インボイス制度は、新人の芽を摘むことにもつながりかねない」と懸念します。
 日本の文化予算の低さにも疑問を投げ掛けます。
 「フランスは4620億円(国の予算に占める割合は0.92%)、韓国は3438億円(同1・24%)、日本の文化庁の予算はわずか1166億円(同0.11%)。日本社会での文化の地位は低く、映画の管轄は経済産業省です。映画を産業として支援するのみでは不十分で、文化予算は商業性の低い作品や文化的価値がある作品こそ補助する必要があると思います」
 深田監督が注目するのは、韓国の取り組みです。KOFIC(コフィック、韓国映画振興委員会)という組織が支援事業を展開しています。高い商業性を持ち得ないような作品を「多様性映画」と認定し、量的側面と質的側面から定義されています。注目すべきは質的側面で、芸術性や作家性を大事にしていること、社会的・政治的な問題を扱っていること、他国の文化の理解促進に貢献することなどが積極的に評価され、審査を通過した映画は、行政からの支援がより受けやすくなります。

仏では失業保険も

 「娯楽性や商業性の高いエンターテインメントの映画もあれば、『誰が観るの?』というようなアートな映画があってもいい。両方があって『多様性』なので。しかし、日本では東宝、東映、松竹の大手3社が興行収入の8割を占めています。助成金が少ない社会では、市場の小さい独立系映画の映画制作費は低予算にならざるを得ない。そうなると監督料もスタッフの人件費も下がり、年収は1千万円以下になってしまいます」
 深田監督が制作する映画も、決して興行的な広がりを見せるものではなく、限られた予算で制作しています。描く作品は、人間が心の底に秘めている複雑な感情をえぐり出すような映画です。上映中の最新作「LOVE LIFE」も孤独や裏切り、うそ、だらしなさ、残酷な気持ち…を抱えながら生きている姿を描いています。監督の作品は、日本での上映より、フランスでの上映が上回ります。
 「フランスは、映画教育が非常に盛んで、小学校の頃から映画の鑑賞教育があり、小津安二郎監督の映画などを上映しています。大人になってからも、半世紀前の日本の家族の姿を知っているので、面白いか、つまらないか分かんないけど、日本の映画を観てみようという層は多くて厚いと思いますね」
 フランスには「アンテルミタン・デュ・スペクタクル」という失業保険制度があり、芸術に関わる労働者は1年のうち約3カ月半、働いたと証明できれば、残りの期間は仕事がなくても失業保険を受給し生活できます。
 「こうした制度があるから、多様な表現が守られている。芸術や文化の多様性は人間の多様性。社会保障制度がなければ恵まれている人しか芸術、文化に携われなくなってしまう」

声上げ未来を守る

 日本はどうか―。国は「多様な働き方」の一つとして、フリーランスの定着を掲げています。しかし、不安定な雇用、低賃金、長時間労働で働いている映画界の人々に対し、国や行政からの支援は、あまりにも不足しています。
 「インボイス制度は、結果として映画の多様性を否定し、映画界を衰退させかねない。韓国は2000年代から映画改革が進み、助成金制度や芸術家福祉法が成立しました。その時期に映画監督や俳優が改善を求めて声を上げた。日本でも映画の制作現場の労働環境を改善し、パワハラ、セクハラをなくそうという気運が高まっています。インボイス制度も、当事者の問題として反対の声を上げなければ、映画界の未来は描けない」
 強い思いがにじみ出ました。

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