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  トップページ > 民商・全商連の60年 > 全国商工新聞 第2987号 8月22日付

民商・全商連の60年
 

第10回 全商連の歌「心ひとつに」

 1981年10月5日、東京・新宿の京王プラザホテルで開かれた全商連創立30周年記念式典。全商連の歌「心ひとつに」が初めて披露されました。オーケストラの演奏で、歌ったのはクラシック歌手の佐藤光正氏。力強い歌声が会場に響き渡りました。

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 「民商活動の中で最大の出来事。あの時はうれしかったね、天にも昇るような気持ちだった。自分が作った詩が歌になったんだからね。それまでの努力が報われた思いだった」。作詞した一人、神奈川・湘南民主商工会(民商)の桐ヶ谷博さん(81)は当時を思い起こします。
 全商連は、創立30周年の記念行事の一つとして「全商連の歌」をつくるため作詞、作曲を全国から募集しました。作詞部門で28点(23人)、作曲部門で37点(34人)が応募。作詞部門で見事入賞したのが桐ヶ谷さんと福岡・大牟田民商の中尾治雄さん(故人)でした。2人の作詩を織り交ぜ、作詞家の山川啓介氏が補作し、「心ひとつに」の歌詞が誕生しました。

全商連の歌「心ひとつに」

 桐ヶ谷さんは父親の呉服店を継ぎ、1959年に湘南民商に入会しました。30歳の時でした。4年後、長後支部の支部長となり、支部事務所を構えて活動しました。当時、支部には150人ほどの会員がおり、商店街の役員の8割が民商の会員で占められるなど、民商は地域の中小業者に知れ渡り、なくてはならない存在でした。その後、桐ヶ谷さんは副会長になりました。
 創立30周年の年、民商・全商連は会員40万人、読者60万人を目標に拡大運動に取り組みました。桐ヶ谷さんもその提起に応え、拡大に走り回り、1日に1回は民商の事務所に顔を出していました。
 その年の5月、「きょうは事務所に行くのをやめようか」と一瞬迷った日がありましたが、思い直して出かけると、事務局員が「桐ヶ谷さん、商工新聞を見ましたか?」と聞きました。「全商連の歌」の作詞、作曲の募集記事が出ていたのです。締め切りまでわずか1週間。拡大でも配達・集金でも手を抜かない桐ヶ谷さんは「よし、絶対に俺が歌をつくる」と公言しました。その日からメモとペン、辞書を持って、寝ても覚めても考えるのは作詞のことばかりでした。
 着物を風呂敷に包んで配達していた夕暮れ時のこと。信号待ちをしていると、1日の仕事を終えて家路を急ぐ労働者の姿が目に入りました。そのときパッとひらめいたのが「♪みんなの願いを生きがいを寄せ合い大きな輪ができる♪」の歌詞でした。
 「♪のれんの色に染め上げた旗を掲げてさあ進もう♪」は民商の仲間に「民商の旗は何色だ?」と聞くと「のれん色」と答えてくれた時、思いついた歌詞です。
 最終的に6本の歌詞を考え、作曲をする民商仲間の西貝和男さんに見てもらったところ「これがいいよ」と言ってくれた歌詞を応募しました。補欠と思っていた歌詞でした。

 6月30日、桐ヶ谷さんと中尾さんの作詞が入賞したことが商工新聞で報道され、事務局員からの電話でその知らせを聞きました。
 「子どものときから小説家になるのが夢で、小学校のときから詩を書いていた。夢がかなった」と喜びをかみしめました。
 それから30年。桐ヶ谷さんは5年前に店を閉じましたが、「心ひとつに」の歌に込めた思いを、創立60周年を迎える全商連に重ね合わせています。
 「♪伸び行くわれら全商連♪たたかうわれら全商連♪輝くわれら全商連♪ これこそがわれら全商連の姿だよ。自分たちの力で強く大きくしなくちゃ」


歴史に学び未来へ=民商・全商連の60年

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