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いのちと健康を守る国民健康保険制度確立への提言
2001年12月
中央社会保障推進協議会
  いま、市町村を保険者とする国民健康保険制度(以下、国保制度)がかつてない深刻な危機を迎えています。
 「資格証明書を持って病院に行ったら、手持ちの現金があるかどうかを窓口で聞かれ、結局、診療を受けられなかった」「この不況で生活費もままならないのに、どうやって数十万円もの保険料を払えというのか」「リストラで保険料が払いきれなくなり、短期保険証をもらっていたが、診療を我慢していた妻が救急車で運ばれた時には手遅れだった」  そんな国保加入者の悲鳴と悲しい出来事が後を絶ちません。所得や地位に関わりなくすべての国民がいのちと健康を守るために必要な診療を受けられるという「国民皆保険」がまさに崩壊し始めているのです。
 こうした深刻な事態を生み出した最大の原因は、国保財政に対する国庫補助の厳しい削減と、国保の保険者である自治体への矛盾の押し付けにあります。
 また大企業が身勝手な「リストラ」・人減らしをくり返す結果、職を奪われた多くの労働者が新しい働き口も見いだせないまま、国保に移行していることも見逃せません。
 国庫負担の削減を契機に、国保料(税)が相次いで値上げされ、無職の人たちを含めて国保料(税)を払いきれない加入者が急増、そして資格証明書の発行によって差別を受け、診療を受けられないという悪循環が広がっているのです。
 小泉自民党内閣は、社会保障について「今後は給付は厚く、負担は軽くというわけにはいかない」といい、国民に「痛み」を甘受するよう求めていますが、国保制度の現状は「痛み」どころか、まさに国民の「いのちと健康」を奪うところまできています。
 私たちは、これまで国民本位の景気回復のためにも、医療を含めた社会保障全体に対する国民の将来不安を取り除くことの重要性を強調してきました。しかし歴代自民党政権と厚生労働省は、国民要求をことごとく踏みにじり、むしろ劣悪な国保制度をテコに医療保障の連続改悪をおこなっています。断じて許すことはできません。
 今回の私たちの提案は、もはや一刻の猶予もできない事態にある国保制度の危機打開へ、広範な国保加入者に制度の主な問題点を知らせ、いのちと健康を守る国保制度の確立にむけた運動を促進するために作成しました。
 二十一世紀にふさわしい国民本位の国保制度の確立にむけて、この「提言」が少しでも役立つことを切に希望するものです。

一、国保加入者が直面する危機への緊急対策

@国民皆保険を崩壊させる資格証明書発行と診療拒否は許されない

 最近の警察庁の発表でも、「健康問題」を遺書に記して自殺した人が四千人に迫り、また「遺書がある自殺」の四一・一%を占めるなど、「健康問題」は自殺の最大の「動機」になっています。にもかかわらず、自民党政府と厚生労働省は、ことしの国保証書き換えで高すぎる国保料(税)を払いきれない加入者に対する保険証返還を「義務」付け、医療機関の窓口で被保険者が医療費全額を自己負担しなければならない資格証明書の発行を急増させているのですから、その責任はきわめて重大です。
 憲法は「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(第二十五条)ことを保障し、かつ「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と国の社会的使命を定めています。そして生活保護の基準は、この憲法第二十五条に違反しているとして争われた「朝日訴訟」でも「最低限度の生活水準は決して予算の有無によって決定されるのではなく、むしろ、これを指導支配すべきである」(東京地裁)と判決しています。
 国保法第一条は、国保制度の目的が「社会保障及び国民保健の向上に寄与する」ことにあるのを明確にしています。  また医療法は「生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨」とする基本理念を明らかにし、医師法は「診療治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」(第十九条)という原則を定めることによって「国民の幸福追求権」(憲法第十三条)に応えているのです。
 国民皆保険制度を守るために、資格証明書の発行をただちに中止し、すべての国民に医療を受ける権利を保障すべきです。資格証明書を持って診療機関を訪れた患者に対しても、まず医療の現物給付を最優先させ、被保険者の経済的事情に応じて、国保料(税)の減免や支払猶予の措置を講じられるよう道を開くべきです。

A人権無視の制裁行政をやめ、住民のいのちと健康を守る自治体に

 国保制度をめぐって、資格証明書の発行とともに重大な問題になっているのが国保料(税)を払いきれない加入者に対する制裁行政です。
 国保加入者の営業と暮らしの実情を把握することなく、自治体の広報や宣伝チラシによる脅迫、プライバシーを侵害する氏名公表、そして行政手続の手順を無視した誓約書や納付計画提出の強要などが全国各地で広がっていますが、こうした制裁行政は、わずか二週間しか期限のない短期保険証の発行や保険証の未交付も含めて、本来憲法の理念に沿って国民の生存権を守るべき公務員のあるべき姿を否定し、地方自治の本旨をも無視した自治体の自殺行為に他なりません。
 憲法は「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」(第十一条)ことを定めており、また地方自治体の基本的な責務は「住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持する」ことです。
 私たちが実施した全国市長会との懇談で、当局は「国保で市長としての最大の悩みは、低所得者対策であり、悪代官にはなれない。今の制度の中でなんとかしろといわれても無理だ」と話しましたが、いまこそ地方自治体が国のいいなりではなく、住民である国保加入者とともに、「国保制度の健全運営に対する国の義務」(国保法第四条)を果たさせていく立場に立つべきです。そして「住民全体の奉仕者」としての責務を自治体が果たせるよう、自治体職員で構成する労働組合の役割発揮が切実に求められています。
 国保法第七十七条は「保険者は、条例又は規約の定めるところにより、特別の理由がある場合がある者に対し、保険料を減免し、又はその徴収を猶予することができる」と定めています。保険者である自治体は、国保料(税)を払いきれない加入者に対して親身な相談活動を行ない、営業や生活の困難など加入者一人ひとりの個別の事情に応じて減免制度の利用や分割納付など柔軟な対応に心を砕くことを第一とするべきです。

二、国保制度の危機打開と真の医療保障を確立するために

@国保料(税)に生活費非課税と真の応能負担原則の確立を

   今日の国保制度が確立されて四十年、日本の持つ経済力を国民本位に活用すれば、国保料(税)の加入者負担について「生活費に課税せず、能力に応じて公平に負担する」という原則の上に立った国保料(税)の大幅引き下げを実施できます。
 国保料(税)の現在の負担水準は、「人頭税」ともいうべき「応益割」によって、生活保護基準より低い所得しかない加入者からも容赦なく徴収されています。また所得割や資産割などいわゆる国保料(税)の「応能割」についても、「はじめに国庫補助の削減を前提にした国保料(税)の総額ありき」であり、国保加入者の生活費や担税力から設定されるべき公正な累進負担にはなっていません。
 さらに「所得割」の計算根拠には、事業専従者控除などの人的経費が認められず、また他の医療制度にはない「資産割」が生存権的財産か否かを無視して課税されています。こうした結果、国保料(税)は、医療に関する制度対制度でみると、他の医療保険より格段に重い負担で、なおかつ不公正になっており、憲法が定める「生存権」(第二十五条)とともに、「法の下の平等」(第十四条)、「財産権」(第二十九条)にも違反しています。
 厚生労働省などは「国保料(税)の設定は、生活保護とは別の法体系である」と盛んに強調しますが、国保加入者一人ひとりにとってみれば、生活費も国保料(税)負担も同じふところから支払うことに変わりはありません。
 医療保障の公正化をはかる立場から、国保料(税)の課税最低限を生活保護基準以上に引き上げるとともに、地方税法を改正して人的控除に配慮するなど、国保加入者の担税力から適正な累進負担にすべきです。

  A国保財政への国庫補助を元の水準に戻し、大企業はリストラ分の保険料拠出を

   国保制度の負担と給付を改善するために、まず国庫補助を総医療費の四五%水準に戻すべきです。
 そもそも国保制度は、「リスクの分散」等を旨とする保険原理だけでなく、貧富の格差を解消する所得再配分や公的扶助という社会的役割を担っているからこそ、「社会保険」として機能しているのであり、国保制度への国庫補助は「国民皆保険」を守るために当然です。
 同時に、この長期不況を口実にして、身勝手なリストラ・人減らしを続けている大企業に対して、今こそ国保財政へ国保料(税)を拠出させる制度を確立すべきです。
 この間、大企業がためこみ利益(内部留保)を増やし続けている大きな原因の一つは、国策ともいえる「リストラ・人減らし奨励」を背景に、雇用の破壊やアウトソーシング(外注化)によって、健康保険料を含む法定福利厚生費を厳しく削減してきたことがあります。そうした労働者が「無職」となって国保に加入してきているのですから、国とともに大企業にも国保財政へ拠出金を支払う社会的責任があります。
 今日、老人保健制度については、大企業の労働者が加盟する健康保険組合等も「老人保健拠出金」を負担していますが、国保財政への拠出は大企業の「ためこみ利益」から捻出すべきです。
 今日の国保財政の危機を乗り越えるため、過度的な措置として「国保財政安定化基金」を有効に活用するとともに、国庫負担と大企業の拠出金で国保財政の立て直しをはかり、国保料(税)の「緊急不況減免制度」の創設や、医療費の被保険者負担を現行三割から二割へ統一する道を開くべきです。

B傷病手当・出産手当の確立で自営業への社会保障の拡充を

   二十一世紀に入った今、自営業として働く商工業者や農民に対して「病気やケガ、出産の時には所得を心配することなく安心して休める」ための傷病手当や出産手当の制度を創設すべきです。
 そもそも社会保障とは、公的扶助などによる「国民の最低生活の確保」とともに、失業保険や労災保険など「従前所得水準の維持保障」という二つの理念によって成り立っており、とりわけ「従前所得水準の維持保障」については、就業形態の違いによる差別をなくそうというのが世界の新しい流れになっています。
 この間、国から補助金を受けている商工会議所が会員むけに独自の「休業補償制度」を創設し、また私たちの粘り強い働きかけによって、全国各地の自治体で「傷病手当や出産手当を国保制度の強制給付とした場合、どの程度の財政負担になるか」を示す試算も広がっています。
 こうした傷病手当や出産手当の実現こそ、自営業への「社会保障」と呼ぶにふさわしい制度の拡充です。

C住民主人公にふさわしい国保制度の運用を

 住民を主人公にした国保制度を確立するために、各自治体に設置されている国保運営協議会を公正化することを提案します。
 現在の運営協議会では、「国保料(税)の負担がどんなに加入者に重くのしかかっているか」や「資格証明書の発行によってどんな事態が生まれているか」をほとんどまともに論議していません。
 地方自治の拡充は、二十一世紀の民主的な日本社会の建設にとって欠くことのできない課題であり、住民生活と地域にきわめて密着した国保制度についての活発な議論は、その力を促進するものです。
 国保加入者の階層に応じて、真に住民生活の実情を理解した委員を運営協議会の構成員とするとともに、審議の状況について国保加入者が意見を述べることのできる機会を広く保障すべきです。

三、いのちと健康を守る国保へ、ともに行動を

 私たちは今回、国保加入者が直面する危機への緊急対策と、国保制度を真に医療保障として確立するための方策の基本点について提案しました。
 国民健康保険は、国民の約三割が加入する国内最大の医療保険制度ですが、いま、その制度がかつてない危機を迎えているだけに、被保険者である国保加入者がどう行動するかが注目されています。
 国や自治体、医療関係者だけに国保制度の運営を任せるのでなく、被保険者である国保加入者が自らの問題として、国保制度について主張することこそが重要になっています。
 いま、小泉自民党内閣は、「構造改革」の名のもとに、公的医療保険制度の解体ともいうべき医療改悪を次々と打ち出し、さらに今でさえ劣悪な年金のさらなる給付引き下げ、介護保険料の引き上げ等など、まさに社会保障の全般にわたる攻撃をすすめようとしています。それだけに広い視野から、こうした策動をはね返していく世論と運動を、広範な国民とともに広げていくことが、国保制度を改善するためにも求められています。
 私たちが提案した今回の「提言」が一つの「きっかけ」となって、全国各地から、国保加入者自らの自主計算による国保料(税)の「払いきれない実態」告発とともに、階層や立場を越えた国保関係者との懇談、そして医療団体との協力・共同、国保運営協議会委員や国会・地方議員への働きかけなどが促進されることを願ってむすびとします。
 
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