政府が狙う「キャッシュレス決済」の拡大 狙いと落とし穴|全国商工新聞

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巨大IT企業(プラットフォーマー)の利益に

安倍政権は、消費税10%増税時の景気対策として、キャッシュレス決済の導入によるポイント還元を打ち出しました。政府の「未来投資戦略2018」は、「キャッシュレス社会の実現」について述べ、「2027年6月までにキャッシュレス決済を倍増し、4割程度とすることを目指す」といいます。スマホ決済の「還元キャンペーン」も相次ぐ中、中小業者の中にも「いつもニコニコ現金商売とばかり言っていられない。どうすれば?」と不安の声が上がっています。「未来戦略2018」は何を狙うのか、問題はどこにあるのかを探ります。

政府「未来戦略」を読む

手数料無料で囲い込み

店に掲げられるQRコードのポップ。これにスマホをかざし店の情報を読み取る(画像一部加工)

 いま、「100億円還元」などと話題になっているのはスマホを使ったモバイル決済「ペイペイ」。ソフトバンクとヤフーが折半出資した合弁会社で、2018年10月からサービスを開始。店が用意したQRコードを客側が自分のスマホで読み取る「ユーザースキャン」方式です。ポップ=左の写真=をスキャンし、値段を打ち込み、スマホ画面上で「支払い」をタッチ。店員さんに確認してもらい支払いは完了です。この情報は、即時にペイペイの決済サーバーに送られ、店の口座に振り替えられます。代金はお客が事前に登録したカードなどから引き落とされます。
 この方式は、初期導入費、決済手数料、入金手数料のすべてが「ゼロ円」であることがウリ。お客が自身のスマホを使い、決済するため店側は通信料もかかりません。

外国人向けにカード決済を歓迎するポスター

 クレジットカードによる場合は、読み取り端末の設置料、さらに通信費、3~7%の加盟店手数料が必要です。手数料は、カード会社が負う債権のリスクに伴うもので、店の信用力などに応じ設定されているため小規模店ほど高くなります。
 クレジットカード決済は、少額決済には向いていませんので、クレジットカードを取り扱わない店も少なくありません。
 「キャッシュレス推進協議会」が窓口になり、メガバンクなどは少額決済向けのプラットホーム開発と標準化をめざしていますが、実現に向けてはまだまだ時間がかかりそうです。
 キャッシュレス決済のうち、「非接触型」といわれるモバイル決済は10%に届きませんが、急速にシェアを伸ばしていると思われます。
 ペイペイの手数料「ゼロ円」は、「本サービス開始日より3年間」で「その後は、有償化する可能性がある」と明らかにしています。入金手数料無料は「ジャパンネット銀行の場合は永年、他行の場合は2019年9月30日まで」です。
 入金が翌月となるクレジットカードとは違い入金は「翌日」です。LINE、ドコモ、auなどの企業もQRコード決済に名乗りをあげていますが、ペイペイ同様3年間は無料というところが少なくありません。
 「なぜ、ペイペイは無料にできるのか?」との質問に、同社の広報は「今は利用者を増やすことを第一に考えている」と赤字であることを隠しません。
 ペイペイなどネット決済サービス会社の戦略は、ICT(情報通信技術)を駆使した世界市場の制覇にあります。現在,GAFA(Google、Apple、Face-book、Amazon)といわれる米国の巨大IT企業群が市場を席巻。ソフトバンクなど後進勢力は、日本での市場拡大を狙っていると考えられます。
 例えば、グーグルは検索サービス、電子メール、携帯電話OSなどを無料で提供しながら、売り上げ12兆円のうち86%を広告収入が占めるといわれます。
 ペイペイも「今後、広告サービス、金融サービス、そしてビッグデータの活用で稼いでいきたい。そのための先行投資」と言います。

業界の寡占化が必然に

街でも良く見かけるようになった外食宅配サービス「ウーバーイーツ」もスマホを利用したプラットホームビジネスのひとつ。事故が生じても配達人の自己責任に

 こうした動きは「プラットフォーム」ビジネス、提供者は「プラットフォーマー」といわれます。
 商品やサービス・情報を集めた「場」を提供するプラットフォーマーには、通話履歴、位置情報、電子メール、映像・写真情報、ネット閲覧履歴、店舗検索情報、商品購入履歴、SNSの利用履歴などのデータが蓄積されます。これを氏名・住所・生年月日などの契約者の情報と結び付け、名寄せされれば、趣味・嗜向・政治意識も含め個人が丸裸にされてしまいます。この「ビッグデータ」を「AI」で分析し、企業のマーケティングやもうけの拡大に活用しようとしています。

個人情報の保護は急務

 プラットフォーマーは巨大化することにより、個人情報を蓄積し、市場において支配的地位を占め、その乱用が問題になります。
 「個人情報の漏えい・プライバシー侵害」などにどう対処するか対策が欠かせません。
 EUでは、2018年5月にGDPR(EU一般データ保護規則)が制定され、個人情報の保護ルール強化へと動きだしています。
 同規則では、企業が保有する個人情報の内容を知る権利や、インターネット上にある個人情報を削除する権利も明記されています。
 さらに、AIの活用が基本的人権を侵害することのないように人工知能(AI)の倫理指針案を策定中です。
 この中ではAIが社会にもたらす恩恵を最大化し、リスクを最小に抑えるには「人間中心」のアプローチで「信頼できるAI」をめざすべきだと強調。AI開発のための10の必要条件を定め、意見公募をすすめています。
 我が国では、巨大IT企業への規制強化に向け、ようやく検討が始まったばかりで大きく立ち遅れています。
 「Tカード」の情報が令状もなしに捜査当局に提供されていたことが分かり、問題になっていますが、前提となる個人情報保護の環境整備もないまま、ICTやAIの拡大が進むことには大きな問題があります。

現金やり取り減り楽になるが…

キャッシュレス 複数税率 コンビニ店主悲鳴

 コンビニ業界は、本部がキャッシュレス対応を支援しているため一般の小売店より進んでいます。宮城県内でセブンイレブンを経営する3人のオーナーに実情を話し合ってもらいました。

キャッシュレス対応などで混乱が心配されるコンビニ(記事とは関係ありません)

 カード決済といってもタッチするもの、ピッと引いて通すもの、差し入れるものなどいろいろあって、その上、ペイペイなどと言われても、私のような年代(60代)の者には訳がわからない。他のことに気を取られていると「決済済み」と思っていても、取りはぐれていたりすることがある。カードリーダーなどの端末の導入費や決済手数料などは、本部が負担するので、その点は助かるが、一般の個店は導入費の負担も大変でしょう。
 人材難は深刻で、応募をかけても一人も来ない。昔は、レジ、商品陳列、清掃と三つのことさえやっていればコンビニ店員は務まったが、業務は今、複雑多岐にわたり覚えないといけないことが多すぎる。研修に50時間もかかる。高齢の従業員には対応が難しいので、ますます人材確保に苦しむことになるのではないか。
 カード決済では現金のやり取りがなくなるので、その点では楽になる。「ナナコ」カードは1000人のうち300人くらいが使用するが、クレジットカードは数%。「デポジットの残金がない」などイレギュラーなことが起きると、そこからお客さんも店員も動転し、レジが混乱することなどがしばしば起こる。コンビニでもこのような状況だから、普通の小売店はもっと混乱するのではないかと心配する。
 軽減税率では、「店内でお召し上がりになるお客さんはお申し出ください」と張り出し、「申し出がない」場合は8%で統一しようとしている。便宜的な対応だ。「肉まん5個買って、ひとつは店内で食べて帰る」と正直に申し出を受けた場合はどうするのか。ポイント還元を含め混乱を生むことばかりだ。

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